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神奈川県で行われているインクルーシヴ教育はたぶんうまくいかない。

神奈川県では2017年度あたりからインクルーシヴ教育なるものが行われています。インクルーシヴ教育というのはざっくりいうと、障がい者も一般の高校で他の生徒と一緒に教育を受けるということです。

昨年度(2017年度)、私が一部指導していた生徒に、高校からインクルーシブ教育を受けることになった生徒(Aさんとします。)がいることを思い出したので、ちょこっと調べてみることにしました。

 

高校でのインクルーシヴ教育

神奈川県ではインクルーシブ教育推進校として、茅ヶ崎高校・厚木西高校・そして足柄高校の3校が県教委より指定を受けました。

  • 募集定員:各高校21名ずつ(入学後は通常の学級に3名程度ずつ在籍) 。通常募集とは別枠で募集。
  • 選考方法:面接(60点満点)
  • 志願資格:次の条件を満たす生徒
    1. 厚木市立の13の中学校に通う生徒(厚木西高校)、茅ヶ崎市立と寒川町立16の中学校に通う生徒(茅ヶ崎高校)、南足柄市立・中井町立・大井町立・松田町立・山北町立・開成町立の9中学校に通う生徒(足柄高校)
    2.  知的障がいがあり、療育手帳B2を取得できる程度の生徒で、連携型中学校長からの推薦を受けた生徒

療育手帳B2というのは知的障がいの程度のことで、A1(最重度)・A2(重度)・B1(中度)・B2(軽度)の4段階に分かれます。

ちなみにこの知的障がいの階級は以下のようにIQで区分されています。

A1:IQ~20
A2:IQ20~35
B1:IQ36~50
B2:IQ51~75

IQ75がどのくらいかよくわからないので調べてみましたが、結局具体的にどのくらいなのかよくわかりませんでした(笑)。IQと言っても色々ありますからね。

 

Aさんは果たしてB2だったのか

Aさんはいわゆる一般的な生徒と比べると確かに学力は落ちる感じでした。計算はある程度できていましたが、いわゆる文章題となるとほぼ理解できませんでした。また、文章を物理的に読むことはある程度できていましたが、内容を総合的に理解することができていませんでした。もしかしたら理解はしていたが、説明できないだけだったのかもしれません。ちなみに学校の成績は5段階評価で2と3が中心で2の方が多く、1は1つもなかったと記憶しています。

Aさんの最大の特徴はコミュニケーションでした。Aさんと話すと明らかに普通の人とは違う印象を受けたのですが、例えば、話の途中で関係ない話をし出したり、受け答えが不自然だったりと言う感じです。と言っても、めちゃくちゃ変という感じではなかったですけどね。

そんなAさんは2017年度からインクルーシヴ教育が行われている高校へ入学しました。私の所感ではAさんは少なくともB2ではなかったと思います。知的障害と言う面ではインクルーシブ教育の枠ではないと思います。でも、知的障害だけではなく、学習障害なども含めた発達障害と言う枠には収まっていたと思います。親御さんもAさんに専門機関で検査を受けさせた結果、グレーゾーンと言う判定を受けたと言っていました。

高校側も模索状態だと思うので、これらの条件はあくまでも参考である程度の柔軟性を持たせているんだと思います。

 

 

インクルーシブ教育に対する私見

インクルーシブ教育の存在を知ったのはAさんの進路指導をしていた時です。最初に思ったのは「理想はともかく、絶対うまくいかないな」ということです。おそらく、障がいを持っている生徒もそうでない生徒もどちらも得しないと思います。

理由は以下の点です。

1. 障がいを持ってない生徒とうまく馴染めない
2. 他の障がいを持っている生徒同士もうまく馴染めない
3. 普通の生徒が適切な教育を受けられない
4. 障がいを持っている生徒も適切な教育を受けられない

 

 

他の障がいを持ってない生徒とうまく馴染めない

残念ながらこれはかなり高い確率で起こると思います。高校生ともなればそういう障がいを持った人とも表面的にはうまく付き合うことぐらいはできると思いますが、多くの場合それはただの負担となるだけかもしれません。

バカは自分(たち)と違うものをすぐに排斥しますからね。

障がい者もそうでない人もいる環境に慣れて、それが当たり前になり気にならない社会を作ると言う意味ではインクルーシヴ教育は必要かもしれません。そういう社会を作るためには今までの教育を部分的に犠牲にせざるを得ないのかもしれません。

私は人に教えることで最も利益を得られるのは教えた人だといつも生徒に言っているんですが、それはある程度能力が近い人同士だと思います。差がありすぎると教える方にとってはメリットよりもデメリットの方が多くなるような気がします。

教えることで教えた人には「気づき」がありますが、その代わりに時間を費やします。その時間を自分の勉強や活動に使った方が良い場合もあります。そのバランスは非常に微妙なところですし、そもそも教えている人が賢明な人でなければ「気づき」は得られません。

そう言う意味では学力が高い学校でインクルーシヴ教育をやるとうまくいくかもしれません。教える方にとってのメリットは少なくなりますが、学力が高い人たちは「気づき」を自ら取りに行く傾向が強いので、障がいを持つ人を助けたり協力したりするのを負担と感じにくいかもしれません。

 

 

障がいを持っている生徒同士もうまく馴染めない

これは、障がいを持っている生徒の人数が少なすぎるために起きるかもしれません。障がいと言ってもいろんな人がいるので、1クラスに3人程度では仲良くなれる人がいる可能性は低いでしょう。さらに、周りに普通の人が多いと他の障がい者と接する機会も少なくなりそうです。

これは1つ目の問題点に比べると起きる可能性は低いかもしれません。

 

 

普通の生徒が適切な教育を受けられない

すでに少し書きましたが、普通の生徒にとっては基本的に障がいを持った生徒は負担になるだけなので、何もディレクションがなければうまくいくとは思えません。その場合、普通の生徒に使えるはずだったリソースが他のところに使われることになります。

クラスにインクルーシブ教育要員として教員を1人追加で配備しているようですが、それだけで足りるとは思えません。ただ同じ教室にいるだけで、普通の生徒は普通に授業を受けて、障がいを持った生徒はインクルーシヴ担当の教員の指導を受けるだけになりそうです。もしそうなら最初から分けた方が効率が良いでしょう。

障がいを持った人もそうでない人も一緒に学ぶ環境を作るにはどうしても当事者間でのコミュニケーションは必要でしょう。このあたりがインクルーシブ教育をうまく機能させるための鍵でもあり、最大の難関になりそうです。

 

 

障がいを持っている生徒も適切な教育を受けられない

同じ教室にいるだけで指導が分離してしまうなら障がいを持っている生徒にとってもあまりよくないかもしれません。本人にとっては難しい問題や課題をやらされることになるので、負担でしかありません。

であれば、本人の障がいの種類や度合いにあった指導を受けた方がよほど良いのではないでしょうか。

 

 

知的レベル、ソーシャルスキルレベルが違いすぎるとうまくいかなそう

結局のところ、学力やコミュ力などに差がありすぎる人が同じ空間で何かをやろうとすると、それらの能力が高い人にとってはそれらの能力が低い人にとって負担にしかならない場合が多いと言うことだと思います。

逆に言えば、それを上回るメリットがあるか、なくてもそれを許容するとかしない限りインクルーシヴ教育はやるべきではないと思います。もちろん、そこを目指してやっていこうというのは良いと思います。

 

 

成功させるためにはやってやってる感を排除することが必要(だけど無理ゲーでは?)

インクルーシブ教育やると普通の生徒の中には表面的には協力する姿勢を持った生徒が出てくるのは間違い無いと思います。

それが大きな問題で、そういう生徒は心の中では「やってやってる感」を持っています。それを完全に隠すのは難しいので、遅かれ早かれそういう雰囲気が出来上がります。

障がいを持った生徒からすれば、そういう感じで接しているのがわかるとあまり気分が良く無いですよね。これは別に障がい者じゃなくてもわかると思います。しょうがないからお前と遊んでやってるんだ感を感じたら嫌でしょう。

それが日常的、しかも大勢の人間から同時に感じたらどうでしょうか。考えただけでも最悪ですね。

この「やってやってる感」は普通の生徒にも悪影響を与えると思います。本心ではやりたくないけど、社会的にやったほうが良さそうだからやってるだけのことを日常的に続けてしまうので、それが当たり前になってしまい偽善的な人間ができあがります。

この「やってやってる感」を無くすのは至難の業だと思います。やってやってる感を出さない状況の1つはやってる側にメリットがある場合です。例えば勉強を教えることで自分の理解が進むことを教える側の人に理解させると良いかもしれません。が、すでに書いた通り、この「気づき」は残念ながらすべての人が得られるものではありません。バカはすぐに排斥するんです。

かと言って、学力高い層でインクルーシブ教育をやろうとするとメリットが少なそう。結局、「すべての人が相互に人格や個性を尊重し、支え合い、生き生きと生活する社会」を作るためには、そもそもそういう徳の高い人間がある程度の人数が必要というジレンマに陥りそうですね。

日本以外の国は知りませんが、日本は表面上の付き合いがうまくなっていく環境・文化がそろってるので、インクルーシブ教育が成功する可能性は低いのかもしれません。やるとしたら、国や行政をあてにせず、学校が独自にやっていく方がうまくいく可能性が高そうです。その上で補助金とかぶん取ってくれば良いかと。

 

 

インクルーシブ教育の本質は多様性を肌で感じることだと思う

本当にインクルーシブ教育したいなら、なるべく早い段階でいろんな国の教育受けさせるのが良いと思います。でも現実的に無理っぽいので、国内留学でもいいです。公立小学校の生徒が私立の小学校で半年くらい過ごす(その逆)とか、23区内の小学生と平行寸前、ド田舎の小学生を交換すると、多様性を肌で感じることができるんじゃないでしょうか。

同じように、学校の先生も他の仕事を色々経験してみると良いと思います。保護者が先生をやるというのもありです。互いに個性や人格を尊重するには、互いのことを知らないといけませんからね。

人間は(心理的に)身近な人をあまり攻撃しません。色々経験すると、身近な人が増えます。そうすると、アホみたいに他者を攻撃する人は減ると思います。失敗したりツラい経験をしたことがある人は、同じような境遇の人に優しいですからね。いろんな経験をさせるのが何よりのインクルーシブ教育ではないでしょうか。

もう1つ重要な点は、自分の活動場所を増やすということです。ある場所では自分の価値観が否定されるかもしれませんが、他のある場所ではめっちゃ賞賛されることもあります。学校の一番の問題点は多様性のなさ以上に、その多様性のない環境でしか過ごせないことにあります。他の価値観にバンバン触れていける、自分で環境を選べることが最も重要です。

 

タイトルで書いた通り、現状、神奈川県で行われているインクルーシブ教育はたぶんうまく行かないでしょう。でも、最初からうまくいくことは少ないのでそれで良いと思います。ましてや、人間の心理や習慣・文化に関わることでもあるので一筋縄ではいかないはずです。神奈川県のインクルーシブ教育はまだ始まったばかりのベータ版にも達していない段階です。間違った方向に進まないことを祈りますが、それもどうか怪しいですね。

 

 

まとめ

・障がい者も通常学級で一緒に授業を受けるのがインクルーシヴ教育の1つの例
・すべての人が相互に人格や個性を尊重し、支え合い、生き生きと生活する社会を作ることがインクルーシブ教育の目的
・インクルーシブ教育がうまく機能するためには「やってやってる感」を無くす必要がある。
・インクルーシブ教育の本質は多様性を肌で感じること